
日本のポテンシャル
日本へ帰任しはや数ヶ月、今のところとてもプライベートは大変幸せである。
アメリカにいたことがもうすでに数年前の記憶のように感じている。
東京の箱庭に新旧入り混じってあらゆる文化や人や建物がぎっしり詰め込まれたせせこましさ・カオスの方が、
大きな土地に機械的に線を引いて作った米国的な街よりやはり自分にはしっくりくるなーと感じるねー。やはり東京には米国にない文化と歴史を感じるわ。
とはいえ、やはりアメリカの方がはるかに進んでいる/優れていたな/居心地よかったなという点も沢山ある。
これはまあ個人の主観なのでどっちの環境が優れているとは言わないが、とにかくこの帰国後数か月というのは一番ギャップを意識できる貴重な時間であるので、いろいろ感じたことや起こっていることをまとまりなく雑記しておきたい。
気づいたこと①:日本経済にはめちゃめちゃ成長する余地があると感じたこと
JTC企業のオフィスに戻ると、十分に慣れ親しんでいたはずのオフィス環境、業務慣習やルール、仕事の進め方にたくさんの合理化余地があることに気づく(=無駄が山ほどある)。
アメリカの社会はちょっと怖くなるほど経済合理性を追求していた。
- "ひとの感情"ではなく、論理と合理性でもって「本当にそのプロセスが必要なのか?その人員は必要なのか?それは私たちのResponsibility範疇なのかどうか?」をタブーなしに突き詰めている。徹底的に無駄なことはやらない。
- 明確に定められた業務パフォーマンス基準を一定期間満たせていない下位x%の人員はライトにクビになる(Ex. 先週までアクティブにやり取りをしていた取引先社員が翌週にはEmail送信エラー(クビ)で帰ってくるなど日常茶飯事)。
- 人員というのは会社を機能させるための機械的なパズルピースであり、随時柔軟に人の入れ替えができるよう徹底的に業務がマニュアル化/明文化/システム化されている(業務が属人化されていない)。
- 資本調達コストを下回るパフォーマンスの事業は可能な限り迅速に損切って撤退する。
そこに合理化できる余地があれば、可能な限りそれを素早く実行することが株主・ステークホルダーへの誠実な経営態度であり、
資本主義の神の意志に沿った正しい行いなのだ(どれだけ人の感情に反していようとも)。
恐らくモノつくり産業がまだ栄えていた時代、米国という超合理主義社会にも日本のような終身雇用慣習や人情味あふれる雇用慣習もいくらかあったのだろう。
一つの会社に一生勤め上げ、お父さんが一家の大黒柱としてリスペクトされる時代があったはずだ。
しかし今の成熟した米国にそのような安定/余裕は一切ない。常に経済合理性と変化を追求し続ける超流動的な社会なのだ。まるで常に世の中のニュースに即応してアップダウンを繰り返す株式相場みたいな市場原理の国だった。
そんなシビアで流動的な社会に適応した米国人は、表面上いつもナイスだが、とってもドライでタンパクだなといつも感じていた。
日本企業の合理化余地
個人的に米国の超クリアな経済合理性追求の精神が自分にはもっともヒットした部分だった。
こと仕事に限っては、何事も論理と理屈・合理性(そろばんに合うか/実質的な意味があるか)で考えたい自分にとって、
なんとなくの空気と同調圧力でしか説明ができない日本の労働慣習には本当に嫌気がさしていたから(今も)、米国の怖くなるくらいの合理主義には心から感心した。
日本はまだ米国ほどの合理性追求社会にはなっていない(法律/制度的にそうしていない)。
日本は社会主義50%+資本主義50%のハイブリッド経済国家だ。非合理なことは多い一方で、米国に比べればまだ人間の感情・尊厳、弱者に配慮した優しさ/制度が残っている気がする。
私の会社では承認されることが分かりきっている予定調和の稟議を進めるために、丁寧な細やかな根回し説明・資料準備を毎回する。
全然稟議内容分かってない・専門でもない、資料読んでもないがなぜか稟議プロセス上照査権限のあるおじさんからの知識0ベースの質問に答えながら、
意見を丁寧に慎重にくみ取り、資料に反映しながら物事を合議で進めていく。
このような慣習が残っているJTCもまだ少なくないはずだと思う。
こういう物事の進め方ができるのはまだ私の会社(≒日本の社会)に余裕があるからなのだ。
しかしながら、年々社会の変化スピードは上がってきている。
この10年でも信じられないくらい業務の合理化は進んだ。
今後5年、10年もすれば「あのときはのんびりしていたなー、余裕があったなー」といいいながら今日の稟議根回しプロセスを振り返ることであろう。
最近東証が上場企業に求めているROE改善を意識した経営/株主をより意識した経営の流れが、
上記のような古い慣習を少しづつ合理化し、よりアメリカみたいな鬼せわしない社会に私たちを押しやっていくだろう(アメリカほどドラスティックには進まないと思うが)。
つまり日本経済/日本企業にはまだまだ合理化の余地が山ほどあり、より生産性をあげられる余地が山ほど残されていると感じた。
そういう意味で日本株投資家としては非常に希望がある。
一従業員としては複雑な気持ちだ。
気づいたこと②:駐在後に転職する人多すぎ
この3年で駐在後または駐在中に退職(転職)する人を少なくとも10人は見かけた。
特にアメリカ駐在を経験した人に多い傾向がある。
こういうのは昔からあるあるなので今に始まったことではないのだが、
自分の業界では海外ビジネスの歴史が浅いため、ここ2-3年で初めて経験している人事トレンドなのだ。
やはりアメリカでの業務経験は一般に市場価値が高いのかもしれない。
ただ数年アメリカに駐在してました、というだけで大した仕事もできないのに結構転職オファーがある(いま転職市場の景気が良いのもあるが)。
また、アメリカという国での業務・生活体験には、間違いなく私たちの心の中に眠っている"個の意識"を目覚めさせる何かがあるという私の仮説がある。
それまで会社のドメスティックな文化の中で、自分の市場価値など全く意識したことなかったところから、
米国人らが自分のプロフィールを常にLinkedinで公開し、
隙あらばより良いポジションオファーに飛びつけるよう常に準備しながら、
自らのキャリアを能動的に積み上げていく文化を見ると、間違いなく何かに目覚めてしまう感覚がある。
こういう経験をした後に駐在後、うらしま太郎状態で何の刺激もないドメスティックな事務作業・稟議対応をやるとなるといろいろ考えてしまうのも分からんでもない。
自分も間違いなく米国駐在を通じて自分の中の何かが変わってしまった一人だと思う。
もう昔の自分には戻れない(かっこいい)。
まあ自分は転職というより、プライベートでの投資活動(資産形成)をよりアクティブに成長させていくという決意がより強くなった、という意味での影響ですな。
とはいえ、米国で刺激を受けたおかげでいつでも嫌なら会社を辞めたるわ!という気持ちで会社を対等に評価する視点が持てたことは大きな収穫だった(能力があるかは別として)。
他にもいろいろと気づいたこと・所感あるが、うまくまとまらないのでまた別の機会に。
おわり