
"一億円(100,000,000円)"
このまとまった金額は何かと区切りの良い目標マイルストーンや目安として設定されるな。
- もし宝くじが一億円当たったら〜したい、、、
- 年商一億円、、、
- 億ション(億超えマンション)、、、
- 一億円の役員報酬、、、
- ミリオネア(現在: 1ミリオンUSドル = 1億6,000万円)、、、
- FIRE実現のための元手、金融資産一億円、、、
何故か。
思うに一億円というラインを超えてくると、
一般的日本人がプライベートで体験しうる取引金額を超えてくる"非日常"感のある閾値だからであろうと思う。
つまり日本の平均的な生活を送っていると、
"億円"という金額の取引や消費、報酬水準、資産を体験することがまずないため、
億の領域に入ると途端に「ぱねー」感や「自分には関係ない数字」感が増すのであろう。
私もかつてそのように思っていました。
「いやー、一億円なんて途方もない数字だと思ってましたけど、いざ待ってみたら大したことないっすね!!!達成前と生活水準全然変わらないっす」
今年30代で一億円の金融資産にタッチした身としては、こんなことを言ってドヤりたい願望もある。
一億円は我々の人生を変えるか?
よくネットを眺めていると、一億円持ったら人生変わるか?という問いに対して、
「一億円程度では人生変わりませんよ」とか
「家族持ちならせめて2-3億円くらいないと」とか
「私だったらとても1億円程度では安心できないザマス」
みたいなこの世のすべてを達観したかのような、「あら、あなたはまだ1億円くらいで興奮しているフェーズなのね」みたいなマウントコメントを拝見する機会がある。
まああくまで生活水準は人それぞれで主観的なものなので、上記のような所感があってもおかしくないのだが、
こつこつ長期の積み重ねで1億円積み上げてき漢(おとこ)として、不動産投資家として、私は下記の質問に自信をもって答えたい。
Q. 1億円持ったら人生変わりますか?
A. Yes, あなたの人生は全く新しいステージに移行します。
思うに1億円の金融資産が十分ではないと思っている人間は、資本主義社会でのまとまったお金の活かし方を理解していないのだと思う。
つまりお金を単に消費する観点でしかとらえていないということ。
この観点でいる限り、何億円持っても十分だとは思えないであろう。
ただストックを消費し、限りある資産が減っていくだけの状態にまともな人間は安心できないからだ。
1億円というまとまったお金は、それだけで大きな信用力の塊となり、人生を安定させうる十分な基礎となる。
1億円あれば、比較的安全なレバレッジを聞かせて不動産投資を行える。
金融機関は個人資産として1億円というまとまった資金を持っているあなたに簡単に億円のお金を貸し出してくれるだろう。
1億円を元手にレバレッジを聞かせた不動産運用はあなたの基礎生活を賄うのに十分な資産収入(ネットキャッシュフロー)を生み出す。
この資産収入と攻めの負債が生み出す配当を体験すると、
途端に目の前の生活を支えるためにこれまで行っていた仕事という義務的ライスワークがただの任意の趣味活動に代わってしまう感覚を経験できる。
私は30代でこの1億円をつくった経験と、不動産投資から生まれる安定的なキャッシュフローを経験したとき、
初めて"資本主義とは何か"ということを理解した気がする。
資本主義における経済活動の根本とはつまり
"たくさんの資本(資本金および借入)を集め、これを運用(起業や投資活動)し、収益を生み出し、この収益を再投資しながら自己資本を拡大していく営み"
であり、業種が不動産投資だろうがインフラ事業だろうが、飲食業だろうが本質は同じだということ。
文字で読めば当たり前の話だが、これを体感をもって理解し"う"るのが1億円という資本を持ち、その資本力を活用したときなのだ。
事業家は利率が一定以下の水準(事業が生み出す利回り以下)であれば目一杯お金を借りたがる、という話を税理士に聞いたことがあるが、まさにそういうことを肌で理解できるようになる。
まとまった資本を正しく活用できない人間はいくらお金を持ってもこれを活かせない
よく宝くじを数億円あてた人間が、数年後に元通りになってしまった、という事例を昔からよく聞きますね。
もしくは、現役時代に数十億円稼いだスポーツ選手が今やただの肉体労働者になってしまってるというエピソードも枚挙にいとまがありませんね。
これはすべてまとまったお金を"資本"として活用するすべを知らない人間の末路だと思っています。
お金を"ただ消費するだけのツール"としてしか認識できない限り、何億円持とうがそれは十分な金額ではありません。
また、仮に資本を活用しいくらかの配当や収益を得られたとしても"出ていくお金"と"入ってくるお金"のキャッシュフロー(収支)をマネージできない人間もまた最終的に破綻するのです。
数世代にわたって積み上げてきた遺産を見事に食いつぶす人間がいますね、これがまさに"入りを計りて出を制す"というお小遣い帳レベルのことができなかった人間なのです。
世界に名をはせる大企業の創業者らが起業するとき、1億円の元手では足りなかったでしょうか?
いいえ、ほとんどの成功した大起業家は1億円より少ない資本で事業を起こし、地道に積み上げて時価総額数千億円の大企業まで成長させています。
つまり"1億円が残りの人生を生きていくのに十分ではない"という人間は、資本主義社会におけるまとまった資金の正しい使い方を知らない、というだけのお話です。
そのようなただの"消費者思考"でいる限り、どれだけの資本があっても満足できないでしょう。
資本を積み上げ、これを活かすために勉強しよう
私は今日蓄財に励んでいる賢明な方々に改めてお伝えしたい、あなたは正しい行いをしていると。
地道にまとまった資本をつくり、これを安全に堅実に運用する方法を学ぶことが資本主義社会において人生を楽にする唯一の方法だと。
いきなり1億円を目指さなくてよい、昨年よりも1円でも資産が増えていたなら、あなたは収支を見事にマネージしたということ。
昨年より1円でも総資産が増えているのなら、それが保てる範囲でガンガン消費してよい。
大事なのはきちんと収支を把握し、確実に生活をコントロールすること。
焦らず少しづつ積み上げていきましょう。
結論:現代の日本社会において、1億円は人生を変えるに十分な元手。この資金の活かし方を学ばない人間は、いくらお金を持っても安心できない。
以上








