「朝三暮四(ちょうさんぼし)」という熟語をご存知だろうか。
今日はこの言葉から連想した私のアイデアについてまとめたい。
まずは朝三暮四のもとになったエピソードを改めて確認したい。
【朝三暮四】
ある所に狙公というサル使いがいた。
狙公は沢山のサルを飼っていたが、あるときから家計が苦しくなってきたためにエサの与え方を工夫して与えるエサを減らそうと考えた。
狙公「これからはトチの実を朝に三つ、暮れに四つあげるよ!」
サル達「ぶーぶー!ざけんな!そんなんで納得すっかよ‼︎」
サル達は納得しなかったので、狙公は違う提案を行った。
狙公「よしわかった。ではこうしよう、これからはトチの実を朝に四つ、暮れに三つあげるわ。どないですか?」
サル達「………、悪くないじゃん。よっしゃその案のった!」
朝三暮四の意味
なかなかシンプルで深いエピソードである。
朝三暮四の意味を引くと
目先の違いに気を取られ、結局は同じことであることに気づかないこと。また口先で人をだますこと。
引用:デジタル大辞泉
これは今から二千年以上前に書かれた中国の故事なのだそう。
上記の意味だけを知れば、サル達は目先しか見えていない浅はかな単細胞になってしまうだろう。
実際世の中にはこのエピソードのようなシンプルな方法で、上手いこと消費社会のマーケティングまたは経営側のつくる仕組みに嵌められる人達がゴマンといる。私達はなかなかこのサル達をバカにすることはできない。
私の捉え方
私はこの熟語は全然別の意味で捉えた。
このサル達は決して間抜けな単細胞などではなく、大変賢く合理的な選択をしているということ。
というのはこの故事には会計の基本的考え方である「現在価値」と「割引率」の考え方が盛り込まれているからだ。
現在価値と割引率とは、てっとり早く説明すると「今日使える一万円は、一年後に受け取る一万円より価値が高い」という考え方の事である。
この考え方を適用すると、朝に四つ〜の方法で受け取る方がトータルの効用(満足度)は若干高くなる。
もしかすると、サル達はこの最大効用を計算し合理的な選択をしていたのかもしれない。
結構かしこいなサル。
人間の感覚は二千年たっても大して変わらない
この故事には初めから上記の会計学的な意味も含んであったのかもしれない。
思ったことは人間の物事の感じ方というのは、二千年前も三千年前も大して変わらないのだということ。
朝三暮四の故事で言えば、
エサはできるだけ早く多く受け取りたい
↓
◼️稼いだお金や売掛金はできるだけ早く回収したい
◼️投入した投資はできるだけ早く成果を出して回収したい
◼️一日早く荷物を受け取りたいがために追加料金を払う
◼️一日でも早く書類を届けたいがために追加料金を払う
これらは日常生活やビジネスの場においてごく当たり前にでてくる考え方である。
私達の合理思考はこのサルと何ら変わりはなく、貰えるものは一日でも早く貰いたいしどうせ処理せねばならないことは1分でも短く済ませたいのである。
人の根本的欲求や考え方は二千年前と何一つ変わっておらず、現代はこの欲求を満たすツールが増えているだけに過ぎない。
そう考えれば世の中にある考え方、方法論に本当に目新しいものは少ないのかもしれない。
百年前と今日では、原子時代とドラえもんくらい差があると私達は考えているかもしれないが、昔からある考え方や知識がよりキレイに体系的に整理され、誰でもアクセスできるようになっているだけなのかもしれない。
そんなことを考えた私はサル。
終わり